人の心を掴む仕事

『Catch me if you can』という映画をご存じだろうか。
実在の詐欺師、フランク・W・アバグネイルJr.の自伝小説が元になっている映画作品で、
家出した16歳の少年がパイロット・医者・弁護士になりすまし、世界をまたにかけるお話である。


キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン [DVD]

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これはなかなか痛快で、面白おかしく見させてもらった。
話の核心は語らないが、序盤の印象的なシーンについてここに記しておこうと思う。


フランクが15歳の時のこと。
彼の父は事業に失敗し、銀行に借金を頼みに行くことになる。


この時カッコ付けで息子に専属運転手の役をさせるのだが、
あいにく黒のスーツがない。


そこで、フランクの父は洋裁店に立ち寄り、スーツと運転手の帽子を揃える。
このとき洋裁店は開店前なのだが、出てきた女店員に言葉巧みに無理を通させる。


一字一句正確ではないが、概ねこのような会話だった。

父「すいませーん開けてください!」 (店のシャッターを叩く)
店員「まだ開店30分前だよ!」
父「失礼ですが開けてもらえませんか、なにしろ急いでいるもんで」
店員「だからまだ開店30分前……」
父「失礼ですがお名前は?」
店員「……ダーシィよ」
父「良い名前だ。息子に大至急黒のスーツが必要なんだが」
店員「黒いスーツ?」
父「不幸があったんですよ。私の父が85歳で亡くなりまして、戦争の英雄だったもんですから軍隊葬でして。 戦闘機が頭上を飛び、21発の礼砲が……そこで悪いけど息子に2時間ほど黒いスーツを貸していただきたいんですよ」
店員「悪いけど、うちは貸服なんかやってないしまだ開店前だ」
(そう言って彼女は店奥へ戻ろうとする)
父「ダーシィ、そんなこと言わずに頼みますよ……あれ、ダーシィ、ちょっとこれあなたのじゃないですか?」
そう言って彼は金のアクセサリーをちらつかせた。
父「そこの駐車場に落ちてたんですが……きっとあなたのでは」


次の場面ではもう黒いスーツを着ているのである。
この父あっての息子。


このやりとりを見ると、


①会話のペースを常に父が握っている(名前の聞き方、急かし方が巧い)。
②要求のゴールが明確である(スーツを貸せば終了)。
③要求後が具体的にイメージできる(葬式に出ている)。
④「不幸があった」という内容で感情を刺激する。
⑤ここぞという所で甘い話をチラつかせる(アクセサリー)。


なるほど。
この場面の後も、幾度となく繰り返される心理的なやりとりが実に面白い。


詐欺師を聞こえが良い表現で説明するならば、「人に夢を与える仕事」である。
語弊と皮肉と欺瞞に満ちているのは重々承知しているが、間違ってはいないと思う。


同じく詐欺師を扱ったマンガに、『ハンマーセッション』(少年マガジン連載)
という作品がある。


ハンマーセッション!(1) (講談社コミックス)

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あらすじを端的に説明するならば、
「大詐欺師の主人公が脱獄し、かくまってもらった中学校で教師になりすます」
という学園コメディである。


ある回で、主人公のクラスの役者を目指している生徒が、偽オーディションで詐欺に合わされかける。
それを運営していたのは主人公の先輩詐欺師なのだが、彼は主人公に


「詐欺だと気づかなければ、あの子たちはずっと夢を見ていられるんだ」
という旨のことを言う(うろ覚えだが。


こういう二次的被害が詐欺は怖い。
しかしながら、その話術コミュニケーション術には目を見張るところがあり、
そこだけは割と本気で参考にしたいと思ってしまった自分がいる。


とりあえず、


――●●をご存知ですか?


というフレーズ、いただき。
(両作品の台詞で頻出する)